展示照明に関するワークショップ
クロニクル、クロニクル!
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美術館の照明と作品の保護
普段意識されることはあまりないが、美術館の作品には照明が当てられている。それは、作品がただ自然に見えているのではなく、「こう見せよう」という意図としての照明によって、展示する者が見せたい形で見えているということである。
しかし美術館の照明には、見栄え以外にも作品の保存の観点からの基準があり、むしろそれが優先的に考慮される。光には物質を破壊する効果があり、美術館の作品には一度に照射して良い光の量やその累積の上限が定められているからだ。そのため作品は実際の理想的な照明よりも暗く展示されている場合が多い。
そもそも作品は物質でできており、厳密に言えばゆっくりと物理崩壊している。私たちは常々同じものを見ていると思っているが、実は変化しているものを見ているのである。照明を当てることでそれが加速されるために直接的に意識されるが、照明を当てなかったとしても常に壊れて続けている。
美術館においての照明の基準とは、その鑑賞と保護のジレンマの中で折り合いをつけられたものなのである。
展示照明
今回のワークショップの準備として、伊藤氏は会場の一部の照明を差し替えた。ある絵画作品へ当たる蛍光灯を高演色のものに替えた際、その前後の変化をカメラで記録したのだが、最近のカメラは撮影した画像の色の分布がグラフとして表示できることがわかった。
展示において作品の照明が決まらないという時は、そのようなカメラや専用の機械を使って、数字を見て調整するというのも有効である。蛍光灯はメーカーごとに色味が微妙に異なり、メーカーのサイトではスペクトル表も公開されているので、色の数値を見ながら蛍光灯のメーカーを変えて調整するということも可能である。
展示に向かない照明の可能性
展示の照明において明るさの調節というのは必須であるが、蛍光灯は基本的には調光ができない。フィルターをかませてフェーダーを使用すれば調光ができるが、それでも従来の明るさの8割程度が限度である。8割を切ると、電圧が低すぎてチカチカと点滅してしまうからだ。ただ、伊藤氏はその点滅を舞台照明として使用したことがある。
今回笹岡敬が作品に使用しているHIDランプのようなアーク放電灯は、紫外線が多く放出されている場合が多く、作品に照射するのは好ましくない。そういう点では展示に使用できない照明なのだが、このようなものも舞台照明として使用したことがある。
アーク放電灯の一種である低圧ナトリウムランプは、トンネル内に使われているオレンジ色の光のランプである。このランプはスペクトルがオレンジ色の一色しかなく、これで照らされたものはすべてオレンジ色に見えてしまう。これは絵画の照明としてはとても使用できるものではないが、彫刻に対しては、色情報を意識しなくなることでかえってボリューム感を前景化させることができる。色が悪いランプを使用することによって、形やボリュームを引き立たせるという手法が取れるのだ。これは演劇においても有効な手段である。保存修復の問題がもしないとしたら、放電灯などを使用するということもできる。
作品の照明は通常保存修復の観点から決定されるが、作品の性質によっては照明の使い方にバリエーションがあるのだ。
「クロニクル、クロニクル!」の照明
「クロニクル、クロニクル!」の会場の照明は、ベース照明として蛍光灯が設備されているフロアではそのまま蛍光灯を使用している。元造船工場であった広い展示空間は両側に窓があり、太陽光もふんだんに入っている。特別演出されたもののない、自然な雰囲気の空間である。
照明においてキュレーターの長谷川氏が意識したことは、大前提として見づらくしないということがあるが、全体としてなるべくフラットな印象にするということだ。スポットライトを劇的に当て、演劇のようにドラマチックな照明にすることは避けたかったとのこと。長谷川氏は企画においてそのような意識を一貫させているようだ。
これは作品の意図を超えた演出をし、その内容を変えてしまうことを回避するための手法だろう。
作品の保存の観点で言うと、一部のペインティング作品やマネキンは直射日光のあたらない場所を選んでいる。特に劣化しやすく貴重なマネキンは、太陽の入射角を計算し、所有している企業の立ち会いによる合意のもと、直射日光の当たらない位置に配置している。
通常と異なるライティングの実践
ただ、もし作品の意図の尊重や保存の観点という制約を無視してライティングをしてみるとどうなるのだろうか。
例えば清水九兵衛の金属の彫刻は、野外やビルのロビーなどに置くことを想定しており、スポットライトで照射されることは意識されていない。もしスポットライトを当てるとすると、おそらくガラリと印象が変わるだろう。ただ表面に多数あるビスの突起が不快な影を作らないよう、全方面からライティングをする必要がありとても有効な手段とは思えないが、部分的に見れば、素材や表面加工の機微がより詳しく見えてくるかもしれない。
ジャン=ピエール・ダルナや大森達郎などの彫刻家がその造形をし、株式会社七彩によって生産されたマネキン達も、均一な蛍光灯の下では裸のマネキンであるが、背面からや部分的にライティングするドラマチックな手法を取れば、高度な造形がより一層リアリティのあるものとして見えてきそうである。
照明には多くの方法やそれに伴った効果がある。美術館ではあらゆる制約から限定された効果の照明しか見られないが、その他の方法や効果を知ることで、それを想像したり、他の見え方を考えることができる。それにより、作品を多角的に見ることができ、展示をより楽しめるのではないだろうか。
もし照明器具と制約のない状況が揃う機会があれば、普段とは異なるライティングを試してみるのも良いだろう。